成田空港を出発して

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:33 成田空港を出発して約2時間30分。まもなく僕の乗っている巨大な飛行機は大連国際空港に着陸しようとしていた。東京と大連では1時間の時差があるので僕は腕時計の時間あわせをした。窓からは規則正しく整備され、建設された灰色の建物が一面に見えた。飛行機が無事に着陸すると手荷物を取り出し、がやがやと騒ぎ始めた。それらの騒ぎに耳をすますと、どれも中国語でこの飛行機に日本人は僕一人しか乗ってないんじゃないかと思うほどだった。

 入国手続きを済ませ、到着ロビーにいくと劉さんが約束どおり、迎えに来てくれていた。劉さんは大連出身の中国留学生で僕より2つ年上である。大学では地味な服を着ていてそんなに目立つような人ではないが、よく観察してみるとお金持ち特有のオーラが感じられた。ここでいうお金持ちは正真正銘のお金持ちである。六本木ヒルズみたいなところに住宅を構え、壁には中国大物政治家との2ショット写真が一面に飾ってある住居である。僕とは生きている世界が全く違うのである。親から新卒の給料並のお子遣いをもらっていて、僕にはなんでアルバイトしているのか不思議でたまらない。そしてなんで僕みたいな平凡な人間を朋友にしたのか理解ができなかった。そのことで僕は一度だけ劉さんに質問をした。

「そんなの簡単だよ。この大学にはまともな奴が俺とお前しかいないからだよ。あとはみんな俗物みたいなものだ。俺自身くだらない奴かもしれないけど、人を見る目はあるんだぜ。」と彼は言った。

 空港でちょっとした雑談をした後、僕たちは埃のかぶったタクシーに乗り、今夜泊まるホテルを目指した。交通手段として北京は自転車、上海はバイク、大連はタクシーと言われ、確かに大連にはタクシーで溢れていた。中国のタクシーは3キロ120円と日本人の感覚からしたら格安である。

 タクシーに乗って20分後にホテルに到着した。とても豪華なホテルで、ロビーの従業員はみんなチャイナ服を着ていた。「ここは俺に任せておけ。こういうところは日本人だとわかった瞬間、ぼってくるから。」と劉さんは言い、チェックインの手続をしてくれた。チェックインの手続きを終えると、劉さんはロビーのソファーでくつろいでいる僕に領収書を渡した。

 部屋に荷物を置き、僕らはタクシーで10分ぐらいのクラブに飲みに行った。薄暗く、心臓に響いてくるほどの大量ボリュームでトランスが流れていた。適当に劉さんとお酒を飲んだ後、劉さんが近くで踊っていた大学生風の女の子の二人連れに話しかけた。多分、僕より2,3歳年上だろう。どちらも整った顔していて、雰囲気が悪くなかった。劉さんの話をぼんやりと聞いていると、2人は現在大学生で日本語の勉強をしている。俺の連れが日本人だから勉強のために一緒に飲まないか、という会話が聞き取れた。もちろん会話が中国語だからすべて聞き取れたわけではないがそこだけははっきりと聞き取れた。女の子たちは僕を一瞥すると、あっさり承諾してくれた。なるほど、中国語ができなくても日本人であるだけである程度は役に立っているらしい。話をしてみると、なかなかの日本語で、一度も日本に言ったことがないということが信じられなかった。時折、僕の目をじっと覗き込んできた。深くまっすぐな視線だった。そんな感じで朝3時まで飲んで、店が閉まるとタクシーで僕のホテルに行った。幸い4人が入っても十分な広さの部屋だった。

 結局、女の子たちは朝の8時ぐらいに帰って行った。僕は窓ぎわの椅子に座り、目を閉じた。昨日、今日のことを考えると、なにからなにまで夢なんじゃないかと思った。でも僕は昨日今日一睡もしてないし、激しいざわめきの記憶が生々しく血管の中に残っていた。カーテンを引き、窓に目をやると、荒涼とした風景に雲ひとつなく雨の予感もなかった。太陽が石壁を焼いていた。そして今日が始まる。




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このページは、pochiが2008年3月 6日 21:47に書いたブログ記事です。

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